ゲームの発売頻度と価格が同時に上がってきて困ってしまう昨今。
欲しいゲームはどんどん溜まっていくのに貯金は増えないからどうしようもない。
できることと言えば、Amazonの低評価レビューを見ることで「あ〜良かったな〜! マジで買わなくて良かったわ〜マジで!」と気持ちを落ち着けることでしかない。(完全にイソップ童話の酸っぱいブドウだ)
そんな日々を送っているのだが、ちょっと「ん?」と思う事があった。
ソウルハッカーズ2のレビューを見ていた時のことだ。
タイトルにボリューム不足と書いてあったので「そうかそうか^ ^」とニコニコしながら開く。
するとそこには「80時間で終わった。ボリュームが少ない」とあった。
自分はここで違和感を感じた。
80時間遊べれば相当ではなかろうか(無論、面白さではなく時間数だけを基準とした場合だ)。
80時間と言えば、自分はペルソナ5の一周目がそれくらいだった。
ペルソナ5とソウルハッカーズ2の面白さが同等とは考えづらい。
しかし、クリアまでに80時間を要したという点については同じだ。
であるにも関わらず、ペルソナ5をクリアした後「ボリューム不足」とは感じなかった。
これは何故なのか?
いくつか理由は考えられるのだが、今回はその中でも2つを提示したい。
1,楽しい80時間だったか?
ペルソナ5は一周クリアするのに80時間かかったが、私は大いに楽しめたし、満足できた。
しかし、私が満足したのは何もこのような長いゲームだけではない。
ここ数年以内にプレイしたゲームで言えば、
十三機兵防衛圏、オカルティックナイン、あとエロゲをいくつかとDSのソフトをいくつかくらいだが……どれもこれも80時間もかからないゲームばかりだ。
十三機兵は30時間くらいで終わったし、
オカルティックナインも40時間くらいで終わったような気がする。
十三機兵はかなりお腹いっぱいになって、改めてプレイ記録を見直して「たった30時間!?」と驚いた。
オカルティックナインはまぁ……若干の食い足りなさはあった(のでアニメも見た)が、ストーリーや設定周りはとても面白く、プレイ後には「プレイして良かったなぁ」という感情が湧き出た。
「プレイして良かったなぁ」
つまりこれではないだろうか。
ソウルハッカーズ2をボリューム不足と感じさせているのは。
ゲームの総合的な面白さを
「ゲーム自体の面白さ」と「どれくらい遊べるか(耐用時間数)」のかけ算で決まると考えてみる。
すると、例えばペルソナ5の面白さが10で、ソウルハッカーズ2の面白さが5だとすると
ペルソナ5は80時間×10で、おもしろ指数は800となる。
一方ソウルハッカーズ2は80時間×5で400。
倍の開きがある。
ソウルハッカーズ2でペルソナ5の面白さに追いつくには、少なくともプレイ時間か本体の面白さが倍なければならないのではないか。
というわけで、あのAmazonレビューは「(ソウルハッカーズ2を面白いと感じるには)ボリューム」という意図で書かれた可能性がある。*1
2,我々はソシャゲに毒されている
この記事の表題にもしている通り、今回主に取り上げたいのはこっちだ。
ソシャゲのスタイルというのは、
コンテンツを提供→利用者に課金させる→その金で次のコンテンツを作る→コンテンツを提供……
というループを赤字になるまで続けるというものだ。
これが何を意味するかというと、サービスが続く限りはほぼ無限にコンテンツがあり続けるという事だ。
常にやれることがあり、定期的に新しい事が起こる。
そして明確な終わりはなく、辞めるきっかけがない。
当然プレイ時間も膨大な長さにやってくるわけだが……今の世の中、ソシャゲを一切やっていないゲーマーは少ないのではないだろうか。
そしてソシャゲに触れた者は、その広大なプレイ時間に没入していく。
暇なときにはアプリを開き、ランキングを回したり、対戦に精を出したり、走行しているうちに、1日の一定時間をそれにかけてしまっている……なんて人は多いのでは。(かくいう私もその一人だ……)
そういう今現在のゲーム愛好家からすると、80時間のゲームでさえ、ボリューム不足と感じてしまうのかも知れない。
まぁそうは言っても、個人的には「つまらないゲームがボリューム不足」なのは嬉しいことだ。
さっさと終わらせて次に行きたいからな。
そういう意味で最も害悪なのは、つまらない上に長大なゲームということになるんだろう。
〇〇〇〇のように!!(自主規制)
*1:もちろん、事はそう単純ではない。面白いけど一瞬で終わるゲームと、つまらないけど長く遊べるゲームだったら、後者はほぼプレイされないだろう。なぜなら、ほとんどのユーザーは面白くないものにわざわざ時間を割こうとしないので