すなわち、彼らの根底にあるのは意味を問うという行為はリスキーであるという認識なのかもしれません。
自分の好きなモノに対して「これには何の意味がある?」と問いかける。
それで答えらしきモノが見つかれば良いでしょう。
しかし、何も見つからなかったら?
「これ意味ないのか……」と落胆し、そこから無価値に転じてしまうかもしれない。*1。
2マナタップしてパワー2000のクリーチャーが出る!
……だから何なの?
ここに何かしらの意味づけができれば良い。
しかしできないのなら、そもそも問いかけなんかしない方がいいのかもしれない。
趣味とか趣向品というのは基本的には無意味なモノであって、そこに無理やり現実の意味を紐付けするのはなんか違うのかも。
そもそも意味があるかどうかなんて、意味を問いかけなければ分からないことで……
それだったらもう最初から意味なんか問わないよ!という考え方になっても、それはとても筋の通ったモノだと感じます。
世の中には、何かのコンテンツに対して考察というか何かしらの意味を探す行為を嫌う向きがあります。
そういう人たちの気持ちを100%理解することはできていません。
が、その一部くらいには少しだけ素手で触れられたような気がします。
*1:自分も無意味さに気づいて好きではなくなったコンテンツがいくつかあります